No Real :in the headphone

Dead Man

 いくらかぼやけて見える。いくらかはっきりして見える。でもそれが何なのかはわからない。

 やがて空は白い光を放ち、青い粒子が世界を覆う。

 部屋にその青い粒子が舞い込む昼前に僕は起床し、閉め忘れた灰色のカーテンをひく。何も感じない。僕にとってのただの朝だ。

 外に出るのがいつのまにか嫌になった。僕だけ必死だった。努力をしない誰かは悠々と今幸せに生きているのだろう。望んだものが手に入らないことを今は知っている。高校のときに気付いた。

 町中の空気が大嫌いだ。汚い空気、声、臭い。そこでは青い粒子が薄くて、呼吸がつらい。少しまえまではどうにかやっていたけれど、だんだん弱くなっていくようだ。

 寒さで白い霧が現れ、光に照らされてきらきら。

 生きているだけでいい。生きて何かを考えていたい。それだけでいい。誰もいらない。関係もいらない。部屋で独り死んだふりをしている。食事はとらなくても生きていける。どうやら僕には水さえもなくていい。僕は考えて生きている。

No Title /st

 誰も君のことなんて救ってくれないよって、空が私に声をかけて、それでも私は雲に向かって右手を強く伸ばして、どうにかして掴めないかと考えてしまう。

 眼を閉じればぼやけた思い出が青い空をくすませる。眼を開けてももう、そこには何もない。風がゆるく吹いている。穏やかだ。今、私は幸せだ。でも、明日を私は望まない。

 今、空中にぽっかり穴があいて、その黒い円に私の手が吸い込まれる。ただ消えて行くように、この風のなかで、誰も見ていないうちに、身体のすべてがそのなかへ。

Know Know Nothing

 遠くの方に煙が見えて、森が燃えているのがわかる。火をつけた馬鹿がいるのだろう。ぎゃあぎゃあという声がして、山賊が誰かを追いつめ殺している。僕は彼らに今日は感謝をすることにした。木の燃える臭いは好きになれない。

 間もなく雲行きが怪しくなり、空は森の火を消す。ポツ、ポツ、と肌に感じたとき、僕はねぐらに戻る。今日はこの木にとまろう。


 前の街の広場で、詩人が悲しい歌を歌って警察に捕まっていた。あの詩人はよく捕まっていると近くの露天のおばさんが言っていた。僕には彼が何をしたいのかがわからない。そして警察が何をしたいのかもわからない。彼の歌はそう悪くはなかった。

 時計塔に上って街を見下ろしてみたが、あまりにも平和だった。日が落ちて電灯が灯ると次第に声が少なくなる。その日はそのまま時計塔で一夜を過ごした。


 あまり長くは移動できない。僕には生のこの身体しかない。ときどき食料を探し、ときどき長く移動する。どこに行くわけではない。特に目的はない。

 表面が気持ちいい木は、その性格も柔らかで紳士だ。


 空を飛べないあの人間たちは、あまりに哀れだ、と僕は思う。彼ら人間たちは人間同士でしかコミュニケーションをはかれず、しかし一番優れているのは自分たちだと信じているのだそうだ。よくわからないものだ。

 泣いている少年の周りで笑っている子供たちは、何を考えていたのだろうか。僕にはまだわからないことが多すぎ、人間を理解するに至っていない。

Glitters in the Air

 眩しくて眼を閉じた。次に眼を開けて、私が見たのはどこだかわからない場所。森の中の少し開けた場所で、ところどころに小さな花が咲いて、空気中にはきらきらとした輝きが漂っていた。

 なぜだか嬉しくて、手を伸ばしてその輝きに私は触れようとするけれど、空気が邪魔をして、なかなか触れられなかった。しばらく試して、一つ捕まえたけれど、それはもう輝きを失って、崩れて空気の中に消えてしまった。

 たくさんのそんな輝きの中で私は独り。

 降り注ぐ太陽の光と、その輝きの温かさは気持ちよかったけれど、もう嬉しいとは感じなかった。

 そうしたら、涙が溢れてきて、頬を伝って緑色の草に落ちる。私の周りに輝きが舞い上がって、それが空に昇っていく。私はだんだん何も感じなくなって、この中に、消えてしまう。でもきっと、みんな同じなんだ。

Bottle of Tear

「綺麗な顔が台無しですよ」

 大きなハンカチを差し出してくれた。私が受け取らないから、大きな手で眼と鼻をぬぐってくれて、顔を覗き込むんだ。

「ちょっと待ってくださいね」

 覗き込んだ眼が一度閉じられた。もう一度開くと透明度が増して、どこまでも吸い込まれそうな眼だった。その人は私の手をとって、少し力を込める。

 少したつとまた眼が閉じられて、元に戻る。柔らかで、近くを、私を見てくれる眼だ。

「気分はどうですか?」

 ちょっと唐突な質問で、私は驚く。いつのまにかすごく晴れやかな気分で、周りを見ると世界が広くなったように感じる。耳は風と遠くの喧噪を取り込み、眼はオレンジの光に染まった屋上をはっきりととらえてる。

「なんだか、すっきりました」って私はようやく答える。

 その人はまた少し笑って、液体が入った小瓶を掲げてちょっと振る。

「これがあなたの悲しみですよ。また何かあったら呼んでください。すぐにきますから」

 瓶を私に握らせて、振り返って消えてしまう。瓶の中の液体は透き通ってかすかに青く、よく晴れた日の空の色みたいだった。コルクの栓がまだ温かくて、冷たい手には気持ちいい。

 もう一度周りを見て、オレンジ色に染まった風を感じる。忘れないように、瓶は机の引き出しの右奥に入れておこうと思った。

My Proof

 屋上から見る校庭。運動部と、その中にいるクラスメイト。私に気付かない。平和な空。少し寒い。

 今日も授業にでないで図書室にいた。授業中の図書室は、誰もいなくて、落ち着く。紙の臭いと、淀んだ空気。なんとなく手に取った本を一冊読み終えて、屋上に出たら青とオレンジのグラデーション。遠くまで。

 教室に私の席がないから、少し前からこうしているんだ。先生は何も言わないよ。私が言ったって、無駄だったんだ。私の担任は体育教師。校庭にいる。嫌だ。嫌だ。

 でも一度生徒指導室に呼ばれた。「授業にでないのはなんでだ?」だって、笑ってしまう。適当に答えて、その日も屋上にでた。今よりも少し濃いグラデーション。

 どうすればよかったか、なんて今更考えたって無駄だから、これからどうしようなんて考えるけれど、全然わからない。学校を出たら変わるのかなって、誰かに訊きたいけれど、空だってそんなに暇じゃないんだ。

 立ち上がってスカートをはたいて、フェンスを握ってみる。触った部分が黒くなって、汚れてしまった。

 眼を閉じて風の音を聴いていると、嫌でも校庭の音がする。また眼を開ける。私のいるげんじつ。冷たい風の歌。

 汚れた手を、空色のハンカチでなぞって拭く。手から汚れが落ちたって、ハンカチが汚れてしまう。ちょっと後悔する。

 後ろから音がして、誰かが屋上に入ってくる。変な人。でも柔らかい。

「はじめまして」といってお辞儀をして、「お迎えにあがりました」って私の手を待つ。

 そっか、そっか、なんて思って、私はその手をとって、ダンス、ダンス。

 昇っていく。空へ、グラデーションの中へ。その境目を通って、新しい世界へ。

Still Alive

 これでも生きてる。まだ生きてる。

 あるいは私がずっと考えていた事。ねぇ、苦しくなったら死ねばいいんだよ。そこで全てが終わって、命は自然に還る。そこでそうしているなら、まだ死んでない。生きている。

 見ている全ては私の内側からでてきているものだ。

「私がだれかわかる?」

 って誰かが言ったんだ。彼女は確か眼鏡をかけていた。


 美術の先生が好きだったかもしれない。五十歳ぐらいの白髪が混ざったおじさんだった。芸術に感動できない、なんて話を友達としていた。

「まだ、そういう作品に出会っていないだけだな」

 と言って、画集に納められた一つの絵と、卒業生の一人が描いたという絵を見せてくれた。

 あの先生もまた、眼鏡をかけていた。


 眼鏡の奥の透き通った眼の、もっと奥だ。脳を抜けて、意識を抜けて、無意識も抜けて、広大な宇宙がある。そこで私たちは互いに干渉しあって、存在している。そこには形がなく、概念というほどの概念もなく、おそらくそれは化学反応のようなものだ。

 私たちが見るもの、見せるもの。そんな広大な宇宙から、いくつか何かをとりだして、組み合わせて列にして眼に映す。何を選ぶか? 私が見たいもの、誰かが見たいもの。強く望め。

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